クラゲの夢



旅に出たキムラさんから手紙が届いたのは、台風一過であっけらかんと晴れた日だった。

*

スズハラくんへ。元気にしてますか。
ほんとは南の島なんかから手紙を送るとかっこいいなあと思うのですが、
わたしがてきとうに乗った電車は北へ北へと向かい、日本海に着きました。
波がざっぱーんと叩きつける、演歌の世界です。
なんていうか、そんなものなんだと思います。
海ではクラゲが大量発生しています。
クラゲは流されるまま、いつまでもどこまでも旅をするそうです。
スズハラくんは、学校サボって電車に乗っていた日のこと、覚えていますか。
電車に揺られて、どこまでもたどり着けそうだったあの日。
ずっとあの日の続きに、わたしはいる気がしています。
流されて流されて、また偶然に会う日が来るんでしょうか。
天気のいい日だといいなあ、とわたしは思います。
それでは、また、いつか。

*

封筒には手紙と一緒に、写真が入っていた。
曇り空の荒れた海をバックに、キムラさんは両手でピースをしている。
キムラさんの髪はすごく短くなっていた。
柔らかそうで触ってみたいなと僕は思う。
キムラさんの旅は、いつまで続くんだろう。
僕はいつまで、ここにいられるんだろう。
あのお墓は、昨日の台風で壊れてしまったかもしれない。
セミの鳴き声も聞こえなくなって、夏が終わる。
欠伸と一緒に、少しだけ涙が出た。
何の涙かは、よく分からない。

*

キムラさんの夢を、時々見る。
とても天気のいい日に、川沿いを歩くキムラさんを、珍しく僕が先に見つける。
いつかみたいに、キラキラ、透き通って見えるキムラさん。
なぜだか僕は、話しかけることができないんだ。
すぐ横を通り過ぎるキムラさんの横顔を、ただ見ている。
透き通るみたいに白いキムラさんに、気づかないふりをして、通り過ぎるのを待っている。
そんな夢。

夏になると、忘れた頃にその夢を見て、僕はぐるぐる回り続ける。
何度も同じ夢を見て、どこまでが本当のことか、分からない。
キムラさんの旅は、まだ続いているだろうか。
僕はまだお墓を作れないでいる。
ずいぶん遠くまで、来た気がしていたんだけどな。

あの日の電車は結局折り返して、もとの駅にもどってしまった。
そうして今年も、夏が終わる。