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夏のお墓



知らないうちに、びっくりするくらい時間が経ってることがある。
何にもない、似たような毎日がただ過ぎて、僕は同じ場所にとどまったまま。
はっと気づくとみんなが通り過ぎて、いろんなことがとっくに終わってる。
ぼーっとしてる間に、何もかもみんな僕をおいていってしまう。
そんな風に、夏が終わろうとしてる頃だった。

*

「スズハラくん、こっちこっち」
河原で浅葱色のワンピースが手を振っている。
キラキラした水面の逆光で透き通って見える。
雑草の生えた坂道を下りながら、何だか夢の中にいるような感じがした。
「ちゃんと買ってきてくれた?」
「うん」
スーパーの袋を見せる。
「えっと、久しぶり、キムラさん」
「うん、スズハラくんは、変わらないね」
「そうかなあ」
袋を受け取って微笑むキムラさんの髪は控えめな茶色になっていた。
雨が降ったピクニックは、いつだったっけ。
たしか去年の、夏の始まり。
また行こうよって言ったのを覚えてる。
結局あれから行けなかったな、ピクニック。

*

僕はじゃがいも、キムラさんはタマネギ担当。
並んで皮を剥きながら話す。
「キムラさんは、何してたの、この一年」
「うーん、何してたかなあ、わからないうちに時間が過ぎることってない?」
「あー、あるある」
「でもお金はたまったんだ」
「それで、旅ですか」
「そうそう」
今日は、旅に出るというキムラさんの壮行会なのだった。
主役の提案どおり、炎天下のもとでじゃがいもを剥いている。
「旅って、どこいくの」
「決めてない」
きっぱり言って、キムラさんはタマネギを切り終えた。
「じゃ、わたしタマネギ炒めるから、ニンジンも頼める?」
「うん」
 いっぽんでーも、にんじん。

*

カレーのいい匂いが、そこらに漂い始める。
陽が沈むころ、キムラさんはガスコンロの火を止めた。
一度冷ましてから温めるとおいしくなるんだそうだ。
キムラさんは川のほうに行って、なにやら穴を掘り出す。
今日のキムラさんはあんまり話さないな。
でもいつもどんな話をしていたのか、よく思い出せない。
くだらない話ばっかりだったかな。
キムラさんは今度は穴を埋め始めたみたい。
「何してんの?」
「えっとね、お墓」
「それ、お墓なんや? 何の?」
「何のやろう、よく分からないけど」
せっかく掘った穴をすぐ埋めて、そこに長い石を立てる。
できた、と呟いてこちらを振り返る。
キムラさんは、いつもみたいに少し寂しそうに笑った。
「よく分からないものが、死んじゃったん?」
「うーん、それもよく分からないけど、とりあえず、お墓。チーン」
「チーンて」
分からないまま、二人して目をつむって手を合わせた。
よく分からない、お墓。
辺りはだんだん薄暗くなる。
「じゃ、そろそろ食べよっか」
言うなりキムラさんは飛び跳ねるようにコンロまで走った。
 カチチ、カチチチチチチチ

*

「おいしい」
何度目か分からないけど、僕はそう言った。
二人で作ったカレーは思いのほかおいしかったのだ。
でもキムラさんは黙ったままだ。
プラスチックのスプーンで、黙々とカレーを食べている。
それからも何度か「おいしいね」と呟きながら、僕はカレーを食べ終えた。
キムラさんも食べ終えて、何か考え事をしているみたい。
「わたしね」
「ん?」
「わたし、ほんとはカレーって嫌いだったんだ」
キムラさんは食器を置いて、膝を抱えてそう呟いた。
やっと話し出したと思ったら、何の話だろう。
「え、じゃあなんで」
「あ、今は好きなんだけど。何か、みんな好きって言ってるのが嫌だった」
「ふうん」
「誰でもさー、変わるよね」
「そうやねえ」
キムラさんは立ち上がって言う。
「お墓ってね、忘れてもいいよってことなんだって」
「何それ」
慌てて立ち上がったらすこし目眩がした。
 くらくら

「ここにお墓があるから、安心して忘れていいよって」
「ふうん、よく分からんけど、そうなんや」
「あはは、よく分からんけど、そうなんよ」
キムラさんが振り返って言う。
「スズハラくんは、変わらないでいなよ」
「ええ」
「そのままで、ずっとここにいてよ」
「それは、ううん、どうかなあ」
キムラさんはいつもみたいに笑った。
どんな顔しているのか、暗くてよく見えなかった。

*

後片付けをして、二人で一杯荷物を抱えて、帰り道を歩いた。
辺りは暗くて、通り過ぎる車の光が目に焼きついた。
家の前で、「じゃあ、また」って僕らは普通に別れた。
明日また会うみたいにして、別れた。

キムラさんは何を埋めて、何を忘れるんだろう。
そしてどこに旅立つんだろう。
分からないまま、気づかないまま、夏が通り過ぎて、終わってく。