予備校から出るともわっとした空気に包まれる。
そとは明るくて眩しくてくらくらする。
午後4時。朝から降っていた雨はすっかり止んだらしい。
僕はもういらなくなった傘をもてあましながら、川沿いの道を行く。
夏休み。蝉の声。飛行機雲。光る水面(キラキラ)
朝の雨のせいか、川の流れがいつもより速い。
背の低い草にまだすこし雨が残っている、川沿いの道。
川がキラキラ光っていて、太陽はまだ、ずっとずっと高いところにあって。
僕はその下をふらふら歩く。
さっきから何度も傘を持ち替えているけどなんだかしっくりこない。
「あれ、スズハラくんだ」
唐突に名前を呼ばれてまわりを見まわす。
と、
川の向こうで、キムラさんが手を挙げていた。
制服じゃないキムラさんを見るのは初めてかもしれない。
すこし違和感。
水色のスカート、白い帽子、逆光で眩しくてぼんやり
「あーキムラさんや。」
「スズハラくんなにしてんのー? こんなとこでー」
「えと、予備校のかえりー」
「夏期講習ー? がんばるねー」
「うん」
声を大きくして、対岸のキムラさんと話す。
小さい川で、キムラさんまで2mくらい。
うつむき加減に僕は歩く。
てくてく。
「キムラさんは?」
「わたしは散歩ー」
「えー、いいなあ。 家、この辺なん?」
「わりとねー。でも今日はちょっと遠出。日焼け対策もばっちりさー」
キムラさんは白い大きな帽子をこっちに向けてそう言う。
「スズハラくんも帽子とかかぶりなよー」
「どうしてー?」
「焼けるよー、せっかくの美白がもったいないぞー」
「ほっといてください」
美白って言われても。
久しぶりに会ったキムラさんは、なんだかいつもと違う感じがした。
無言になるのがこわいみたい。
すこし無理して元気な感じ。
高すぎる太陽、小さな僕ら、ゆらゆら。
「キムラさん、なんか今日はいつもとちがうねー」
「えー。そうかなあ、この帽子が似合ってないとか?」
「それもあるけど」
「ひどいなあ」
「何かあったんー?」
「えー、なんもないよー。ほんとびっくりするくらい何もない日々です。」
「そう」
「スズハラくんはあった? 最近なんかいいこと。」
「んー。なーんも。」
「へへ。寂しいふたりだ」
「ですね」
キムラさんはいつもみたいに笑う。すこし寂しそうな顔で、笑う。
僕は安心しながらすこしだけ寂しくなる。
小さな川、でもこっちと向こうは、交わらない、平行線。
僕らはまっすぐ歩く。
てくてく。てくてく。
「スズハラくん」
すこし後ろから呼ばれてふり返る。
いつのまにかちょっと速く歩きすぎていたみたいだ。
「なにー?」
戻りながら言うと、
「これ、持ってて」
と言う声と一緒に、白い帽子が飛んできた。
僕はそれをあわてて受け取る。
「どうしたんキムラさん」
キムラさんは川を見ている。
「そっちに行こうと思って」
「え。あの、あっちの方に橋があるよー」
あわてて言うけど、キムラさんは聞いていないみたいだ。
四、五歩下がって助走をつけている。
危ないって。
今日のキムラさんはやっぱりなんかヘンだ。
僕はキムラさんを受け止める準備をする。
キムラさんは、逆光のせいか服のせいか、透き通って見える。
キラキラ、透き通って見える。
たあ、という妙なかけ声とともに。
キラキラ光る川のうえを、空色の、スカートが飛んだ。
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