雨とピクニック///



雨の日は髪がすぐくしゃっとなるからあんまり好きじゃない。
窓を見て、髪を引っぱってまっすぐにしようとするけどうまくいかない。
水曜日、午前11時。
ガラガラに空いている電車の中で僕はヘッドフォンに耳を澄ましている。

*

「ひょっとしてスズハラくんだ」
突然真横で名前を呼ばれて、ヘッドフォンを外してそっちを見る。
「雨やねえ」
言いながら向かいの席に座ってこちらを見る顔を見てやっと僕は気づく。
キムラさんだ。
「どしたん? また寝坊ですか?」
キムラさんがにやにやしながら言う。
「キムラさんこそ」
「わたしは違うよ、病院行ってたん」
ビョーインイッテタン。そういえばいつもと声が違う。
「風邪?」
「うん、まあ、そんなとこ」
電車がトンネルに入って、お互いにすこし黙る。
聴いていた曲が頭の中でリフレイン。
 ドゥルスタンタンスパンパン

*

トンネルは耳がキーンとなるからあんまり好きじゃない。
トンネルから出るとついため息が出る。 はあ
雨で飽和した空気のなか、ため息は僕の周りにぽかりと浮かぶ。
 ゆらゆら
ところでキムラさんはだまったままだ。
僕は外を見るふりをしてガラスに映った彼女の顔色を窺う。
と、
ガラス越しに目があって笑ってしまう。
「なんかスズハラくんいつもと感じが違うような」
「あー、雨やからかな、髪の毛がぐしゃぐしゃになるん」
少し黙ってからキムラさんは、
「ほー、スズハラくんも大変だ」
とかてきとうな事を言った。
「うん、タイヘンなんすよ雨の日は」
そう肯くと笑われた。声を出さずにくすくす。
 ガタンゴトン
元気やんキムラさん。

*

「えっと次の駅で降りればいいんやったっけ?」
「うん、ってあーキムラさんいつもは電車ちゃうんや」
「病院に行ってたからね」
「なるほど」

「いま何時?」
「じゅーいちじじゅーごふん」
「4時間目って何やったっけ?」
「体育かな」
「わー、だるいねー」
「うん」
「雨やしね」
「うん」
「さぼろっか」
「えっ」

次の駅で僕らは降りない。
窓のそとには知らない景色。
 がたんごとん

*

「あー、なんか学校さぼるのなんてはじめてかも」
「え、そーなん?」
「わたしはスズハラ君とは違うのだ」
「僕もそんなにさぼったこととかないよ」
「でもほとんど毎日遅刻してる」
「あー」
「来ても寝てばっかやし」
「うー」
「まあ、わたしも授業とか聞いてへんけどね」
キムラさんはいつも、すこし寂しそうに笑う。
僕はそれがいいなって思う。

*

「これ、どこ行くんやろーね」
「さあ」
「雨が降ってないところに着くといいな」
「うん」
「そしたら一緒にお弁当食べよ」
「うん」
「芝生とかの上で、ピクニックみたいに」
「いいな」

*

電車はまたトンネルに入った。
今度のトンネルはなんだかやたらと長い。
耳はさっきからキーン、となっている。
キムラさんは眠たそうにゆっくりアクビをしている。
 ふわあ

水曜日、午前11時34分。
トンネルの向こう側はきっと晴れてるって、そんな気がしている。