駅前、夕暮れ時間。
彼女のことをわたしは知らない。
ただ通り過ぎて行くだけのストレンジャー。
振り返ったのはただ何となく。
大きな白いヘッドフォンが気になったからだろうか。
白のゴツゴツしたヘッドフォンは彼女のちいさい頭には大きすぎてバランスが悪くて、
歩く後ろ姿は白いそいつに操られているように見えなくもない。
透明の電波が飛んできて彼女を操る。
歩きながらくるくる廻り出す彼女の姿をわたしは美しいと思ってしまう。
踊る彼女と目が合う一瞬、わたしは心の中でシャッターを切る。
カシャ、カシャ、カシャ。
伏し目がちな表情をわたしは捉える。
一瞬の悲しみ。
逆光。
ほんとのカメラには映らなかっただろう。
夕陽に影が伸びて、彼女の頭の上にわたしは立っていた。
わたしからは聴こえない音楽に合わせて彼女はくるり廻り跳ねて踊る。
踊る彼女は透けて見える。
それ以外の世界が消える。
カチリ。
消失。
真っ白な中に、わたしと彼女がいた。
わたしは気付く、これはゆめかまぼろし。
彼女は白い世界の住人。
あるいはわたしが。
次に目を開けたらきっと彼女はもういないことを、わたしは知っている。
わたしには聴こえない音楽。
聴こえない轟音に耳を澄ます。
やがて白い世界にカラフルな音符が降ってくる。
わたしは目を閉じてそれを見ている。
音符は地面に落ちる瞬間に消えてゆく。
これが彼女が聴いている音楽だろうか、わたしはそう思う。
音楽はどうやら佳境に差し掛かっていた。
音楽が終わるとこの世界が消えてしまうと、わたしは知っていた。
わたしの真上から最後の音符が落ちてくるのが見える。
それはきっと一瞬のこと。
わたしの目の前を落ちてゆく音符をわたしは見ている。
手を伸ばしてそれを受け止めれば、きっと音楽は終わらない、この世界は終わらない、
彼女は消えないでも音楽は永遠に完成しない、その美しさはきっと永遠に失われてしまう、
でも、だから。
わたしは両手を伸ばして、その両手を、そのまま下におろした。
そのすぐ横を、最後の音符が落ちていき、地面に落ちて、砕ける。
真っ白な世界が消える瞬間、わたしは心の中でシャッターを切る。
カシャ、カシャ、カシャ。
彼女は最後にこちらに気付いた。
その一瞬、どんな表情をした?
わたしには判断がつかなかった。
駅前、夕暮れ時間。
わたしはすこしのあいだ、目を閉じたままでいた。
ヘッドフォンのなか、爆音で音楽がかかっていた。
流行からはずれた音楽。
大したことのない音楽。
スイッチ、オフ。
静寂。
暗闇に慣れた目に夕陽がしみて、すこしだけ、痛かった。
首から下げたカメラで、わたしはそれを撮った。
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