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Scene02



 シズクの気分が沈むと、街には雨が降る。いつもそうだ。親友が転校してしまった時、好きな人が大きな怪我をした時、飼っていた犬が死んだ時、それに大好きだった、おじいさんのお葬式の日。いつも街には雨が降った。シズクは悲しいときに泣けなかった。悲しいときには心が乾いた。眼も乾いたままだった。かわりに街に雨が降った。しとしとと静かに、雨が降った。

 その日も街には雨が降っていた。シズクはそれを教室の窓から見ていた。他には誰もいなかった。突然の雨に愚痴をこぼしながら、生徒たちはさっさと帰っていった。その中にはサキサカ先輩もいた。そしてサキサカ先輩の好きな人も、きっと。はっきりと失恋をしたのは初めてだった。街の人たちには悪いけど、今度の雨は長くなるかもしれない。でも文句なんて言わせない、わたしは雨だけじゃなく先輩にもふられたんだ。などとシズクは頭の中でうまいこと言ってみたがさっぱり面白くはなかった。乾いた気持ちのまま、窓ガラスに映る白い顔を見る。シズクはため息をつき、鞄を手に取った。いいかげんに、帰ろう。切り替えないと。しかし雨は勢いを増すばかりだ。シズクは黙って教室を出た。

 さて、シカタ先生はその頃、学校の玄関口あたりで眠っていた。なぜそんなところで眠ったのかシカタ先生は覚えていない。膝を抱えて三角座りのような姿勢で、くうくうと眠っていた。偶然に通りがかった女生徒に肩を揺さぶられ、シカタ先生はふと意識を取り戻す。なぜだろう、こんなところで寝てしまっていたようだ。どうしたんですか、だいじょうぶですか、と小さな声で訊くその生徒は、シカタ先生が担任するクラスの生徒だった。市ノ瀬しずく。いつもころころと表情を変える明るい生徒である。しかしこの生徒はこんな目をしていただろうか。その顔がなんだか透き通って見え、懐かしい誰かの面影と重なる。シカタ先生はまだまどろみの中にいた。

 シカタ先生が目覚めるのを確認してシズクは安心する。ただ寝ていただけのようだ。歳をとったらそんなこともあるのかもしれない。くすりと微笑むシズクに、だいじょうぶですか、とシカタ先生は言う。それはこっちの台詞だ、と言おうとするシズクに重ねて、どうして泣いているのですか、と。シズクは驚いて頬に手を当てたが、その頬は乾いていた。いつもの通りに、目には少しも涙など浮かんでいない。この、どこかとぼけた先生には見えないはずの涙が見えてしまうのだろうか。シズクは少し怖くなる。泣いてなんかいません、そう言うとシカタ先生はぼんやりした顔のまま、ああそうですね、と答える。寝惚けていますね、わたくし。シカタ先生は座ったまま腕を伸ばして欠伸をし、ぶんぶんと頭を振る。本当に寝惚けていただけなのか。眠気を覚まそうとしているのだろうか、その仕草は何かに似ていた。少し考えて、オレオだ、とシズクは気づく。むかし飼っていた犬に、シカタ先生はとても似ている。シズクはつい笑いそうになる。オレオにそっくりなんだ、このひと。ぼんやりとした目のまま外を見やり、もうひとつ大きな欠伸。ああ、雨ですね、とシカタ先生は呟いた。

 最後に首をパキパキと鳴らして、シカタ先生は本当に目覚める。何か夢を見ていたようだ。昔の、大切な誰かの夢。シカタ先生は立ち上がり、傘を取ってきてあげましょう、と言う。職員室に置きっぱなしの傘があったはずだ。横着もたまには役に立つものだな、とシカタ先生は思う。すこし待っていてくださいね、市ノ瀬さん。しかしその申し出は断られる。大丈夫です、もうすぐ止みますから、この雨。見ててください、ほんとに止みますよ。何が楽しいのか、シズクはこぼれそうな笑顔である。誰にも似ていない。その顔を見ながら、そうかもうすぐ太陽が出るのだな、とシカタ先生はぼんやり考える。ふたりはぼんやりと、外の雨を見ている。雨が上がるまで、あともうすこし。ふたりは黙ってそれを待つ。