「わ、まだ寝てた」
いくら寝ても寝たりないことって、ある。
休みの日にいちにちじゅう寝ても足りなくて、
電車の中でウトウトしながら学校に行って、
授業中にすうすう寝て、
ご飯食べたら更に眠くなって寝て、
寝るのに疲れてまた寝て。
「おーい、いいかげんおきなー、ナカライさん」
気づいたら放課後で。
西日が射してる教室にわたしとセキグチくんだけがいて。
セキグチくんはわたしのとなりの机の上に座ってにやにやこっちを見ている。
それは何かとても幸福な風景みたいな気がして。
さっきまでがゆめかうつつかわからない。
セキグチくん?
「あ、おきたおきた。ナカライさん寝すぎやってー」
さっきの起きた一瞬だけ、
セキグチくんがとても親しい誰かに見えた気がする。
でも、誰と間違ったんだろう。
考えたらわたし、そんなに親しい男の子なんかいないし。
頭がはっきりしてくるとなんだか寂しくなってきた。
「あー。なんでせきぐちくんが」
「うわ、ひどい声。日直で日誌出して戻ってきたらナカライさんが寝てたから」
「あー」
「ありがとうは?」
「え、あ、ありがとう」
ひひ、と笑ってセキグチくんは自分の席のほうに行った。
何がありがとうなんだろう。
起こしてくれたから?
でも起こされたのは嬉しくない、寝顔とか寝起きとかも見られたし。
なんか、やだな。
セキグチくんは、誰と仲が良かっただろうか。
頭がすっきりしてくるにつれてどんどんユウウツになる。
何かが抜け落ちたみたいな、空白。
「なんかね」
「ん?」
荷物まとめて帰ろうとしてるセキグチくんが振り返る。
「なんか、さっきまですごく幸せだった気がするの」
「うん、すげー幸せそうに寝てたよー」
「だから」
「うん」
「でも」
「ん? どっちよ」
「でも、だから、それで、今、ちょっと泣きそう」
あ。やばい、泣きそうって言ったら、よけいに。
「え、なにそれわけわからん、ってナカライさんほんまに泣いてるやん、何でなんで」
自分でもわからないけど涙がぽろぽろ出てくる。
セキグチくんはわたしの周りをウロチョロしてる。
わたしが泣き止むのを待っているみたい。
ほっといて欲しいのに。
関係ないんやから早く帰ってよ。
しばらくしたら涙は治まった。
でもなんだか頭がぼーっとしてる。
「えっと、もう大丈夫?」
「大丈夫、ごめんね、なんでもないから」
セキグチくんは怖いものを見るような目でこっちを見ている。
もう、完全にへんなヤツって思われてるな、これは。
人が来なくてよかった、
先生が来たら絶対セキグチくんがわたしを泣かせたって勘違いしてただろうな。
必死で言い訳するセキグチくんを想像してわたしはちょっと笑った。
「うお、笑った」
この言い方! 観察されてる。
わたしは未知の生物か何かか。
「あれ、怒った?」
はあ。なんかめんどくさい。
もう帰ろう。帰ってゆっくり寝よう。
そう考えるとこんなことしてる場合じゃないって気がしてきた。
はやく帰ってゆっくり寝たい。
ほわほわの布団がわたしを待っているのだ。
「わたし、そろそろ帰るよ」
「やっぱ怒ってる? 怒ってたらごめんね」
「なんであやまるの」
「や、怒ってるんかなーと。安眠妨げるもの許すまじ、みたいな」
「そんなことないよ、こっちこそいろいろごめんね」
「いやいやそんなこと」
「じゃあ、おやすみなさい」
「また寝るん、ナカライさん」
「あー間違えた、さようならか」
「帰り電車やろ? ついてくよ。心配やし」
「いいよそんなん」
「や、ナカライさんほっといたら道端で寝そうやし」
いらないって言ったのにセキグチくんは駅までついてきた。
歩きのわたしに合わせて、わざわざ自転車押して。
勝手についてきてるだけだから喋らない。
セキグチくんとふたり。
夢でみたような、夢のなかのような、夕暮れの街を黙って歩いた。
なんとなく、夢じゃなければいいなって、思いながら歩いた。