そらが消えた。僕らの前から、突然。





空がいない。
というメールが来たのは早朝3時。
もちろんおれはその時寝ていて、見たのは11時。
8時間も前だ。レミがそんな時間に起きてるなんて珍しい。
とりあえず電話をかけてみる。
プルルル、プルルルル、

「もしもし」
「あ、出た。」
「シドー、空がいないよお」

レミの声はなんだか涙混じりだ。

「いないってどういうこと?」
「メールの返事がこなくて、電話もでなくて、
 そうめんに来てみたらいないの。」
「来てみたらって、今そうめんなの?」
「そうだよ、シドも来てよう」

うん、今から行くと答えて起き上がる。電話を切る。
そうめんとは空の家のことだ。
空は放っておくと夏にそうめんしか食べないということを知ってから
僕らはずっと、それをそうめんと呼んでいる。
一人暮らしだから、仕方ないのかもしれないけれど
飽きっぽいおれとレミは毎日ずっと同じものを食べるということが、
どうしても信じられなくて、その夏毎日そうめんへ行った。
そうしたら空は本当にそうめんしか食べていなかった。
証拠にゴミ箱にはそうめんの袋とめんつゆの空き瓶しかない。
だから今回もそうめんの食べすぎでおなかを壊したんだろうとしか
(それはそれで大事件なのだけれど、)
そのくらいのことだろうとしか、考えていなかったんだ。





クラスのみんなから好かれている空と、
素直になれなくていつも誤解されるレミと
友達とかそういうものに特に興味がなかったおれの
3人がなぜか心地よくて、いつも一緒にいた。
そうめんで、そうめんをずるずるすすりながら、
なんでもない話をしていた。本当にくだらないことばかり。
だけど他の誰にも言えないことも、二人になら話せた。
それはたぶん二人も同じで、
3人で一緒に怒ったり泣いたり、笑ったりした。
おれがこんな風に思える人間と出会えるなんて思わなかった。
いろんなことから避けていれば傷つかないと思っているのでしょう?
と言ったのはレミで
でもそれでも本当は誰かと関わっていたいんだろう?
と見透かしたのは空。
本当、この二人には適わないんだよなあ。

気持ちのいい日だ、快晴の青空。
春の風が吹く。ふあり、おれの頬をなでてゆく。





がちゃ、右にひねってドアを引く。
「あ、そら…?」とかすれた声が聞こえた。
どうやらまだ、この家の主は帰ってきていないようだ。
「レミ?」と尋ねる、靴を脱いで奥にはいる。
目を真っ赤にして、まぶたを腫らして、ギリギリのレミがいた。
カーテンの隙間からまぶしい光。

「カーテン、あけてもいい?」

答えも聞かずに、カーテンをあける。
取り戻された、遮られていた部屋の明かり
まぶしくまぶしく、部屋を色づける。

「もうそんな時間なんだ」
「いつから寝てないの?」

ついでに埃まみれた部屋の空気もいれかえよう。
窓を開けるとさっきと同じ風、春のにおい。

「んー、おとつい。」
「空と連絡取れないのはいつから?」
「一週間くらい前から、かなあ」
「すぐ帰ってくるよ」
「帰ってきてないよ」
「その辺散歩してるんだよ」
「長すぎるよ」
「遠出の散歩なんだよ」
「だとしても空がー? ひとりで?」
「そうしたい時もあるんじゃない?」
「シドとレミをおいて?」

またぼろぼろと泣き出したレミのために、布団を敷く。
毎日8時間以上きっかり寝ているやつが
無理して、もうぎりぎりだ。
心配性だなあ、空なんてきっとすぐ帰ってくるのに。
ケータイの電池が切れているだけだよ、
空はきっと大丈夫だから。
窓を閉めて、レミの手を引っ張って寝かせると、
あっという間に寝てしまった。
部屋を片付けようと思っていたのに、レミの手は離れない。
仕方ない、
さっき起きたばかりだけれど、目を瞑るとおれもすぐ眠りについてしまった。





起きるとレミを挟んで空が寝ていた。
空の手はしっかりレミの手を握っていた。
ほら、だから言ったろう?
安心してもう一度眠った。





「好きだった人が、結婚したんだ。」

空がそういう話をするのは、これが初めてだった。
特にレミがいつも知りたがって聞いていたけれど
空はいつだって「そういう人はいないよ」と答えていただけ。

「結婚するって一週間くらい前に聞かされて、
 そこで初めて好きだったんだ って気づいたんだ。」

そう、ぽつりぽつりこぼすように空は話はじめる。
空の背中を見て歩くレミ、そのレミを支えるみたく後ろをおれが歩く。
三人一列、いまは冷たい月明かりの下、とぼとぼ歩く。
ぴゅーぴゅー、昼とは違う優しくない風。

「最低な彼氏でさ、浮気もするし約束も守らないし、
 やめなよって何回言っても、あの人そいつから離れなれなくて
 傷ついて毎日、泣いてた。
 ずっと俺がいなきゃあの人死んじゃうって 思ってたんだ。」

「行くなって、言えなかった。」

「子供の俺じゃ、追いかけられないようなとこに引っ越すんだって。
 もう俺は必要ないって、言葉にはされなかったけど、
 そう言われたも同然だ。結局利用されてたのかな、」

「支えてるのは俺だと思ってた。
 最後に傷ついてるあの人を抱きしめるのは俺だと思ってた。」

「言いたいこともたくさんあったはずなのにさ、
 ほんとは抱きしめたりできたらかっこよかったのにさ。
 そうなんだ、って それだけ。本当にそう言っただけ。」

「好きだったんだ、」

「ほんとうに、ほんとうに、好きだったんだ。」

そう言いながら空は泣いていた。
レミも泣いて、おれも泣いた。

「でも、もう 大丈夫だから。
 連絡ずっとできないままでごめんな、心配かけたよな」
「レミ、なんにも力になれなくてごめんね。」
「空は大丈夫なの か?」
「俺は大丈夫。ありがとう」





おれらはもう一度そうめんへ帰った。
そうしてレミのためにもう一度眠ることにした。
空もギリギリのはずだから、変に気を使って
無理して起きていたりしないように、おれも寝る。
せまい布団の上、布団に対して垂直で三人。
真ん中で寝ているレミがおれの手を握ってきた。
きっと反対側で空の手も握っている。
つながる、いつもと一緒

「お墓ってね、忘れてもいいよってことなんだって」
「どういうこと?」
「忘れてもいいよってことなんじゃない?」
「レミ、それそのまんまだから」
「そっかー、でもレミばかだからうまく説明できないや。
 聞いたときは納得できたのになあ。  まあ 自由な解釈、じゆうなかいしゃく」

レミは一度手を離して体を起こして、両手で掛け布団に山を作った。
しわしわで、いびつな、小さな山。
「ここが、お墓。」そう言ってレミは両手をあわせた。
目をつむって真剣に何かを祈ってる。
おれらも横になったまま、手をあわせて目をつむる。
レミは何を祈ったんだろう。
空の報われなかった思いだろうか、寂しさだろうか、
誰かの途方もないしあわせだろうか。

「そら、」
「ん?」
「だいじょうぶだからね」
「、なにが」
「シドはうるさいのー。空は、大丈夫なんだよ。」
「ありがとう。二人とも、ありがとう。」

空がそういうと、レミは満足げに頷いた。
そうして再び布団の中、手をつなぐ。
お墓だった場所は平たく皺だけが残った。
ふああ、大きなあくび。
おれから始まって、レミ、空に感染。三人とも大きなあくび。

「シド一番寝てるのになんでー?」
「うるさいな、」
「学校でも毎時間毎日寝てるしね」
「睡眠は大切です。」
「ね、空」

「あ 寝てる」

寝息が聞こえる。疲れてたんだろうなあ。スースー。
レミも寝るねおやすみ、と小さく聞こえて
その後すぐにまた寝息、スースー。
おれはもう一度、ふあああと大きなあくびをして目をつむった。
どうか、よい夢を、



(テキスト/つくしみやこさん)



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